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こどももおとなもHealing
こんにちは。助産師の萩原です。まずは季節のごあいさつです。
この原稿を書いているのは、夏の真っ盛り。毎日暑いです。週末になると、花火や盆踊りのにぎやかな音がします。博物館や美術館では、夏の催しがいっぱい。 7月に葛飾区白鳥にある「郷土と天文の博物館」のプラネタリウムに行きました。リニューアルオープンして、素晴らしい映像が投影できるということでテレビでも取り上げられていました。 目当ての「季節の番組」のチケットは完売で、次の回の「ミュージックプラネット」という、星を眺めながら音楽を楽しむ(7月はヒーリング音楽として、沖縄音楽を取り上げていました)という番組を鑑賞しました。番組の内容は大人向けでしたが、首もすわらない乳児から小学生の子どもたちも両親に連れられて来ていました。飽きないかなという私の予想に反して、場内は終始静かでした。???。 耳新しい沖縄音楽に優しく語りかけてくる女性のナレーション、ゆっくり動く暗い星空。隣の席には小学3年生の女の子が座っていましたが、間もなく寝息がしてきました。私もところどころ、あーねてしまうーという状態。 番組が終了して場内が明るくなり、ほとんどの人が出て行ってしまっても残っている人たちは、子ども連れでした。あっちでもこっちでも、眠ってしまった子どもを揺り起こして、目が覚めてくるのを待っているのでした。 ☆・・★・☆・★〜場所は京成線のお花茶屋駅から歩いて8分のところです〜☆☆・☆・
上のお子さんと赤ちゃんがえり
これからが、本題です。今回は、助産師の学生時代に関心をもっていたことで、クリニックで目にしたり、お母さんたちから聞いたことをまとめました。 無事お産が終わり、処置が一段落すると、廊下にご主人や上のお子さんが待っている場合は、LDR内でお子さんもお母さんと赤ちゃんに面会するかを産婦さんに尋ねます。お母さんの着替えや片付けが済んでいないので、お子さんが怖がらないかを確かめるためです。お母さんに会えるといううれしさでLDRに入って来ると、お母さんの腕の中には、タオルにくるまれた小さな赤ちゃんがいます。「赤ちゃんだよ。かわいがってね」「妹だよ」「弟だよ」「お兄ちゃんになったんだよ」「お姉ちゃんになったんだよ」と声をかけられて、喜んだ表情をする子はそうそういません。こわばった表情になったり、お父さんに抱きついて、顔を背けたりという態度をとる子が多いです。
赤ちゃんが生まれてから、上のお子さんは泣き虫になったり、今までできたことをできないといってお母さんを手こずらせたりするようになります。こういったようすを赤ちゃんがえりといいます。哺乳瓶に逆戻りしてミルクを飲む子もいるし、母乳を飲みたがる子もいます。お母さんが入院中に、「上の子は面会に来ても、そんなそぶりを見せなかったから大丈夫」とか、「上の子は(幼稚園生で)もう大きいから大丈夫」、と話していたお母さんが、家に帰ってから赤ちゃんがえりがたいへんだったと、健診のときに話してくれたりすることもあります。
赤ちゃんがえりは、これまでは、上のお子さんが独り占めしてきたお母さんの愛情を、新しく生まれた“きょうだい”と分かち合わなければならないことから起こってきます。赤ちゃんはいつもやさしく接してもらい、泣くと抱っこされているのを見れば、自分より赤ちゃんの方が好きなのかなという不安を抱きます。だから、お母さんの気持ちを自分に向かせるために、自分のことを愛してくれているのかを確かめるために、今までできてたこともできなくなって手をやかせたり、甘えたり、だだをこねたり、泣いたりします。聞き分けのいい子は、期待に答えようとがんばっているのかもしれません。赤ちゃんがえりは、見方をかえれば、お子さんとお母さんの関係がこれまでうまくいっていたことのあらわれということになります。
ちょっと前、教育テレビでこんなドラマを見ました。小学5年生くらいの女の子のお母さんが妊娠しました。女の子は一人っ子だったので、きょうだいができることをとても喜びました。予定日が近づいてくると、お母さんもお父さんも、赤ちゃんのことばっかり話題にします。のけものにされているという気持ちになった女の子は、お母さんが女の子の赤ちゃんのときの服をお下がりにするということばに、「その服はわたしの服だから赤ちゃんにはあげない」と怒り、お父さんから注意されると、プチ家出をしてしまいます。お母さんもお父さんも女の子の気持ちに無頓着だったのを反省し、女の子に謝り、女の子も両親に謝るという内容でした。
ことばで気持ちを伝えられるような、状況もわかってくるような、小学5年生でさえこんな感情になるのですから、幼い子の赤ちゃんがえりは当然です。 不安をいだいている上のお子さんを安心させるには、ことばや態度で「愛されている」「受け止めてもらっている」ということを示すことが肝心です。生活のいろんな場面でほめたり、やさしいことばをかけたりして、上の子のこともこれまでと同じに愛しているのだということを、繰り返し表現することです。 もう一つは、スキンシップです。ことばだけでなく、抱きしめてもらったり、やさしく触れてもらうことで存在を受け止めてもらうことは、わかりやすく、いちばん望んでいる愛情表現ではないかと思います。お母さんとお父さんの腕が赤ちゃんのものだけではなく、これまでと同じように上のお子さんにとっても、愛情を確かめにいっていい場所と感じられれば安心します。 それから、上のお子さんに向き合って、家族の一員となった赤ちゃんのいろんなことを、理解できるように話してあげることも大切です。
今日は当直。夕方病室へ顔を出すと、あるお兄ちゃんがだだをこねていました。お母さんとおばあちゃんにさとされていましたが、聞こうとしません。理由は、妹である赤ちゃんを抱っこしたいのに、危ないからダメといわれて、納得できないのだということでした。お兄ちゃんは泣き出し、赤ちゃんまで泣き出してしまいました。お母さんはベッドに向き合って座っているお兄ちゃんに両手を添えて、赤ちゃんを抱っこさせてくれました。ことばもないお兄ちゃんは、赤ちゃんを抱いてる手で頭もなでているのですが、抱くのが精一杯で、小突いているようにも見え、またお母さんに注意されちゃいました。赤ちゃんも泣くのをやめて、お兄ちゃんを見ていました。ほほえましい場面でした。 毎日の関わり合いの中で、お母さんやお父さんに手を添えられて、赤ちゃんがえりものり越えて、“きょうだい”になっていくんですね。
参考文献 葛飾区『あたらしい生命のために』平成13年 ドロシー・ロー・ノルト『子どもが育つ魔法の言葉』PHP研究所2007年
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