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初心者ベランダーの楽しみ
こんにちは。助産師の萩原です。
秋が深まり出す十月は、キンモクセイの芳香にハッとしたり、香ばしく焼けた脂の乗ったサンマに舌鼓を打ったり、茜色の夕焼け空が刻々と夕闇に変化していくさまや、色づく樹々に見とれたり、高らかに響く虫の音に耳を澄ましたり、人やネコのぬくもりが恋しくなったりと、五感を刺激する風物詩がたくさんあります。
この十月、小さな素敵なことに、たくさん出会えるといいですね。
今回の話題は、ベランダで植物生活を楽しむ「ベランダー」についてです。ベランダに行き着くまでの失敗談や、エピソードを綴ってみました。
堀切に住む人々は、狭いスペースも上手に生かして、花を育てています。季節を象徴する花が、どこかしらの家の庭や路地に咲いていて、四季の移り変わりを感じさせてくれます。
私も刺激され、自分が楽しめるように、室内に花や観葉植物を置いてみました。結果をご紹介しましょう。
<ミニシクラメン6鉢> 失敗を考慮し、ミニ鉢を買うが、予想通りカビが生えて枯れ死。
<シャコバサボテン> 鉢の場所を移すという愚行により、つぼみが落ちてしまい、花はほとんど咲かず。日光浴でベランダに出した際、濡れた洗濯物を落とし、骨折死。救命処置で、一株のみ生き残ったものの、以後トラウマのためか、つぼみもつけない。
佐久間クリニックにも、外来の2番の診察室や3階の廊下に大きなシャコバサボテンの鉢があり、こちらは毎年美しい花を咲かせている。夏の間は、戸外で休養中。
<多肉植物(サボテンの仲間らしい)> 水のやりすぎと非難された。水中毒で枯れ死。
<ワイヤープランツなどのミニ観葉植物> 熱中症で枯れ死。
<あじさい> 二度の熱中症で瀕死の状態となるが、大量の水分投与で、奇跡的に一命を取り留め、回復する。しかし、鉢のなかに小さなナメクジをかくまっていたことを見つかり、勘当される。事務の石沢さんの配慮で、一晩佐久間クリニックの敷地内で過ごし、原口婦長宅に身を寄せたらしいが、その後の噂は聞かない。
<ポトス> 同居して、6年近くになる。水やりもほとんどいらず、手がかからない。
しおれてきた頃に水をやるのでも、すぐ元気を取り戻す。昨年、黒のシックな鉢スタンドを与えたところ、来客に褒められるようになったため、一目おかれるようになった。馬子にも衣装のようだ。クリニックの3階廊下やLDR1の斑入りのポトスも、感心するくらい丈夫だ。
<水栽培のヒヤシンス> 12月に球根を水栽培の容器に置き、その後は、手間がかからない。春先に花が咲くと、部屋中が明るくなり、清潔感のある香りでいっぱいになる。
ただ、花が開くと重いらしく、茎が横に倒れて、見栄えが悪くなる。
 LDRのポトス
スピリチュアル・カウンセラーの江原啓江さんいわく、しょっちゅう植物の枯れる部屋というのは、植物が枯れることで、部屋を浄化してくれる云々と書いていました。自分を責めないためには、そういう考え方も取り入れた方が、気が楽になるとは思います。でも、まあ、よく考えると、室内を好む植物というのは、戸外の環境に適応できないということですから、温度・湿度・日当たり・水やりの条件が細かいのは当然です。また、いくら鉢植えとはいえ、あじさいを室内に置きっぱなしにし、そのうえ何日も留守にし水やりをしないというのは、育て方の間違いにちがいありません。あじさいは、雨の中に咲いてこそ美しさが増す花です。自分が楽しめるようにということで、何でも室内に持ち込もうというあさましさを反省しました。
この数々の失敗による失意・落胆・悔悟・少々の罪悪感を、前向きな反省?で乗り越え、次なる植物との関わりの場に、ベランダを選んだのでした。
2006年の初夏、プランターに百日草(英名:ジニア)の種を播きました。順調に発芽し、すくすく茎が伸びて、つぼみが色づいてふくらみだした頃、ん?なぜ、つぼみに近い、上の方の葉だけが、ぎざぎざに千切れてるのかしら。茎をよく見ると、きゃー・・・。一匹の青虫だかイモ虫が、頭を忙しそうに動かして、葉をムシャムシャ食べているのでした。私が種から育てた百日草を!つぼみだけ残して、滑稽な丸坊主にしてくれて! 怒りより、とにかく気持ち悪いので、2階から突き落とす転落殺虫を考えましたが、哀れに思い、見過ごすことにしました。よくいえば、共生の道を選んだのです。
水やりの度に、なんて気持ちの悪い姿なんだ、早く鳥にでも食われていなくなってしまえ居候と、悪態が心に浮かぶのでした。彼は(推測で♂)、葉をむしゃむしゃ食べていないときは、体をぴんと突っ張り、枝のフリをした擬態をしていました。必ず葉の裏側から食べ、外敵に狙われないように慎重でした。葉は上の方の柔らかいものを食べ、下の方の固いものは食べません。姿が見えないと、やっと鳥に食われたかと厄介払を喜ぶ半面、擬態中なのを見つけると、安堵するのでした。イモちゃんという愛称もつき、百日草の葉をさんざん食べたので、当初は2cm位の体長が、4〜5cm位になっていました。
さなぎになって、美しい蝶になるのをいつしか楽しみにしていましたが、9月、台風一過の後、イモちゃんは死んでいました。
すると数日後、同じ種類の青虫だかイモ虫が住み着き、百日草の葉を食べているのでした。こちらは、イモちゃん2世という愛称になりました。そして同じように、台風一過の後、死んでいました。プランターの土も種も消毒済みのものなので、彼らがどこからやってきたのかは、わかりません。
百日草は一年草なので、花が終わると、茎を引き抜き終りになります。
その頃、私は一つのことばに出会いました。いとうせいこう氏の提唱する、ベランダーという呼称です。庭のない都会暮らしを選び、ベランダで植物生活を楽しむ人のことを称しています。ガーデナーという庭で園芸をする人とは、階級が異なるとしています。
いとう氏の植物生活スタイルは、植物を手に入れ、育て、枯らし、そしてまた育てる。枯らしてもへこたれない。著書もおもしろく、同じような経験に親近感を持ちます。
いとう氏の呼び掛けに応じ同志ベランダーになったつもりで、私もさらなる挑戦を試みたのでした。
昨秋は、ビオラとヒヤシンス・水仙・チュ−リップ・ユリの球根を植えました。スミレ科のビオラは開花期間が長く、晩秋から初夏まで花が楽しめます。小さい花が春先のまだ冷たい風に吹かれて、微かに感じる清らかな香りをかぐと、春も間近なのを感じます。
チューリップは赤・白・黄色16本が咲きました。夜になると花びらが閉じるのは、発見でした。アンデルセン童話の「おやゆび姫」が、チューリップの花の中に住んでいたのもうなずけます。
ユリは、大物のカサブランカに挑戦しました。開花までに8ヶ月を要しました。4月、鉢の中に黒みがかった茶色の芽が出たかと思うと、背丈は1m近くまでぐんぐん伸び、7月に、7つのつぼみをつけました。丸い小さなつぼみが12cmくらいの大きさになり、白い大輪の花が開いたときは、大喜びでした。白ユリは、清潔さや高貴さといったことばを与えられますが、闇にぼんやり白く浮かぶようすと強い香りは、官能的にも感じます。
7月は、晩春に種まきをした、背丈の高くならない矮小の百日草とひまわりの花が咲きました。洗濯物との住み分けのためです。
 ビオラ |  水仙とチューリップのつぼみ |  チューリップ |
 ユリ |  百日草 |  ひまわり |
私の住まいのベランダは、東向きです。植物たちは好日性のため、部屋の方には向かず、外に向かって花を開きます。ベランダの柵の間から顔を出し、自己顕示するものもあります。そっぽを向いて咲かれることは、予想外でした。ところが、外へ向いて咲くことで人の目に留まり、知人たちがベランダに関心をもってくれるようになりました。見てくれる人がいるというのは、うれしいものです。
花を通じて、以前からの顔見知りの一人が、上手なガーデナーだと知りました。ある朝、ドアを開けると、ピンクのかわいいさくら草が、2鉢置かれていました。その後もその方から、「かわいがってやってください」というメッセージとともに、丹精込めて育てられた花の鉢が、時々届くようになりました。さくら草・ガザニア・ダリア・あじさい・ベゴニア・えぞ菊・百日草・千日紅といった花々が、共にベランダを彩ってくれました。
この秋は、シャコバサボテンに再挑戦です。晩秋には、新しい球根と掘り上げて乾かしてある球根を植えて、来春から夏への準備です。花の少ない冬場は、開花期間の長いビオラやパンジーで、明るくかわいらしいプランターを作る予定でいます。
参考文献:
江原啓江「スピリチュアル生活12か月」三笠書房 2001年
いとうせいこう「ボタニカル・ライフ」紀伊国屋書店 1999年
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